実在しているかすら疑われた大黒摩季

苦労人な人生を過ごしていた

ZARDのメディアへの露出をしない戦略によって多くの人がアーティストの事を知りたいと思わせる、そんな心理を働かせることに成功した。以後、ビーイングブームに預かるように所属アーティストにはZARDのような戦略を盛り込むようになっていった。特に女性歌手は例外なくメディアに一切出演することなく、楽曲を発売してそれだけという手段を取られていった。ブーム中にデビューを果たし、90年代前半からミリオンセールス作品を何作品も発信した『大黒摩季さん』もまたそうだ。

現在では所属こそ違っていますが、2001年からは移籍してからはそれまで行っていなかったメディア出演にも積極的に行うなど方針の転換を行っていったのです。2001年以降は大黒摩季さんの姿をテレビはもちろん、ラジオやライブなどを開催するようにもなった。それだけ急を要していたのかというと、実のところ大黒摩季さんの場合はある噂を払拭したいがためにメディアへの出演をしたという可能性も考えられる。

それというのも、大黒さんはかつて存在していない架空のアーティストと言われていたのです。今で言う時の初音ミク的なバーチャルアイドル的な意味合いで見られていたという。

なつかしのあの歌

大黒摩季さんの都市伝説

メディア出演をあまりにしない大黒摩季さんには様々な都市伝説が生まれていました。

言いたい放題ですが、こうした噂が噂を集めてしまったせいで結論として『大黒摩季なんていう歌手は存在しない』と自己完結してしまった、という。こうした対応も所属事務所的に予想範囲内と思ったのかどうかまでは定かではないが、本人にすれば複雑極まりない話だ。

自分で作った楽曲は別人が作って、自分じゃない人間を起用して撮影をして、レコーディングも行われているなど、歌手としての尊厳が形骸化していると言えなくもない。ZARDでさえデビュー当初はメディア出演をしていたので大黒摩季さんほどの都市伝説は生まれなかったからこそ、良い意味で相乗効果をもたらしたと言えなくもない。

世間に広がる都市伝説、これ以上悪化しては売上にも差し渡るとして97年に初のライブイベントが開催され、公の場に初めてその姿を見せた。デビューしてから5年、メディア初出演にしては時間がかかりすぎた。

実はひっそり出ていた

ただ大黒摩季という歌手としてではないが、コーラス担当としてテレビに出演したことがあるという。またそれ以外にもあくまでアマチュアとして下積み生活の中で行われていたため、彼女が歌手として活動していたという記録ではないため、思い当たらないという人も多い。こうした番組を見ていて、たまたま覚えていたという人が極端な話、貴重な映像を見られてラッキーだったといった方が良い。

鬱屈していたという

また大黒さんのことを調べてみると、デビューするまでに相当時間がかかったというのも有名な話だ。ビーイング主催のオーディションに合格こそしましたが、最初はコーラスでの参加をするようにと言われたという。平行して別会社のオーディションを受けた際にはすぐにデビューする旨で話が進められたというが、経験を積むという意味で厳しい道を選んだというのだ。ただその期間があまりに長く、受かったのにデビューできないという環境に耐え切れず、実は一度会社を辞めたそうなんです。

気分転換で海外へと赴いていたところ、会社から連絡が入ってデビュー準備が整い始めているという報せを受けて帰国し、再度レッスンを受けることになったというのだ。事務所の意向とはいえ、メディア出演ができない中でありもしない噂が立てられ、デビュー前は長すぎる下積み生活に苛立ちも少なからずあったのかもしれませんね。

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やり過ぎとはいえど

事務所の戦略によって大黒摩季という歌手は着々とトップアーティストとしての地位を築いていった。デビュー曲こそ売れなかったが、2ndシングルからミリオンセールスを記録し、そこからは出す曲全てがその年を代表する楽曲として語られていったことを考えると、胸中は複雑だったかもしれません。アリもしない噂に翻弄されたくない、しかし事実として売れている、この点は何をどうしようと揺るがない。やり過ぎさはあったものの、大黒摩季という商品を日本の音楽業界における華とすることに成功した功績は大きい。

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