倉木麻衣の登場

最前線で活躍し続ける日本の歌姫

ZARD・大黒摩季といった歌姫を数多く輩出したビーイングから、90年代最後に登場したアーティストがいる。この方に関しては当時をよく知っている世代だった人はもちろん、現在の若者たちでも彼女のことを知らない人はいないと言えるくらい、有名な人物だ。ビーイングという音楽業界大手の話をしていたら、絶対に出しておかなければいけない方でもある『倉木麻衣』という存在は外せないところだ。

筆者も彼女のことは、それこそデビュー当時から知っている。まだ中学生という多感な時期で音楽もやっと分かり始めていた時期に出会った時、やはり惹かれたものだ。それもそう、デビュー当時から着々と活躍していき、ビーイング商法によってやはり表にほとんど出ることなく活動を続けていたにも関わらず、歌姫へと君臨していきます。彼女ほど稀有なケースはないかもしれません、当時は宇多田ヒカルや浜崎あゆみ、鈴木亜美といった寵児たちが数多く出現してチャートを賑わせていた時期でもあった。特に倉木麻衣さんがデビューした1999年は浜崎あゆみという名の女性アーティストがその名を一躍歌姫というポテンシャルに持ち上げた躍進した年でもある。

そんな中でひっそりと歌手としてデビューした倉木さんでしたが、デビュー当時は宣伝活動も行われていましたが、実はかなり地味な始まりだったのです。

なつかしのあの歌

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ノンタイアップの中で

倉木麻衣という歌手が始まったのはデビュー曲『Love,Day After Tomorrow』だ。人によってはこれ以上ないと言わしめるほど、この楽曲のクオリティが高かった。後にデビュー曲ながら倉木麻衣というアーティストの最高傑作とまで言われています。実際、今聴いても衰えなど感じさせない新鮮さが感じられる他、倉木さんのファンにすればこれを置いて他にはないだろうとまで思っているのではないでしょうか。

そこまで言わしめる理由は、90年代最後に記録したミリオンセラー作品というのもありますが、何より注目すべきはこの楽曲が『ノンタイアップ』だったという点だ。発表される楽曲には何かしらタイアップして売り出す、これは常套手段となっている。そうでもしないと売れない人もいるため、売上を叩き出すためにレコード会社などは企業に楽曲の売り込みと宣伝を行っているのも日常的な光景です。ですがこの倉木さんのデビュー曲はそうした話は一切ないまま売りだされたのです。

初登場はそれでも18位と、デビューしたばかりの新人歌手にすれば十分な発進といえます。ですがここから先が本当の意味で凄い、本来ならこのまま下降していくところが、段々とランキング上位へと食いこんでいき、最終的に最高2位という快挙を成し遂げた上、ロングセールスを記録した。99年12月に発売され、その後2ndシングルである『Stay by my side』がリリースされるまでオリコンを賑わせていたというお化け楽曲なのです。

ラジオから話題を集めていき

倉木さんのデビュー曲はタイアップこそありませんでしたが、秀逸な楽曲の良さに気づいた人は最初から気づいたでしょう。そして彼女の楽曲に目をつけたのはとある音楽ラジオのディレクターが目をつけて、積極的にリスナーへと楽曲紹介を行っていたというのだ。ラジオも中々馬鹿にできず、聞いている人にすれば侮れないという意見を度々耳にします。

そうして様々な人に届けられた倉木麻衣さんのデビュー曲はたちまち世間を騒がせるまでに成長していき、並み居る強豪たちがひしめく当時の音楽業界にて台頭していきました。筆者はラジオこそ聴いていませんでしたが、もその頃は深夜の音楽番組などのランキングをしょっちゅう見ていたために倉木麻衣という歌手の存在は早い段階から認知していた。やがて目に見えて上がっていく順位に気になり、購入してみたらハマったのは言うまでもないかもしれません。

00年代はまさに彼女の年に

ビーイングの所属だったので倉木麻衣さんもメディアへの出演はほとんどありませんでしたが、当時まだ高校生だったこともあって学業に専念したいという本人の意向もあったという。けれど出す曲全てが大ヒットし、2ndシングルもノンタイアップながらオリコン1位に加えてミリオンセラー作品となり、さらに次作の『Secret of my heart』は名探偵コナンのEDテーマという初のタイアップになるなど、旋風を巻き起こしていた。この時には何と倉木麻衣名義の楽曲が3曲ともTOP10にランクインするという快挙を成し遂げ、彼女もまた一躍歌姫としての地位を築いた。

その後に発売されたデビュー・アルバム『delicious way』はミリオンを記録するメガヒットとなり、00年という年において宇多田ヒカル・浜崎あゆみという二大歌姫に負けない存在へとなっていった。ちなみに一部調べでは2000年におけるCD売上では浜崎さんなどをおいて年間ランキング1位を記録したとも言われています。

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瞬く間に

こうしてみると、正直倉木麻衣さんほど劇的すぎる歌手人生を送っている人もいないのではと感じさせられる。その当時はまだCDが売れる時代だったため、倉木さんの名が知れ渡るのはとても早かった。また時代はR&Bが流行していた年でもあり、その開拓者でもあった宇多田ヒカルさんの流れに乗る形で倉木さんのデビューも華々しくなっていきます。

ですがそんな倉木さんですが、デビューして間もない頃にちょっとした騒ぎが起こったのも有名な話だ。

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